アートにとって良い場所とはどこか

Pangea Ultima, 2000 by Christopher Scotese
http://www.scotese.com/future2.htm
「アート・アフター・ヒューマン」は、以上のような議論を総合して形成されています。世界とアートをこのように捉えていくと、そもそも地球はアートにとって最も適した場所なのだろうかという疑問が生じてきます。
ここで、椹木野衣による概念「悪い場所」を取り上げます。氏は『震美術論』[39]で次のように述べています。「この場所では、繰り返されるその災害の記憶とその忘却により、歴史を成り立たせるために必要最低限となる前後の基軸(アクシス)が機能不全に陥っているのだ」。「リアス・アーク美術館が直面した事態は、決してこの館に固有の出来事ではなく、西欧という地方(ローカル)で生まれた美術館という人為システムが、地球というより普遍的な想定外を前にした時、いつ発生してもおかしくない危機である。そしてほかならぬ日本列島とは、地球上でも他に類がないほど、地面の直下で複数のプレートがせめぎ合い、擦れ合い、無数の活断層を皹として生じさせ、これらを通じてほぼ一定の期間を置いて繰り返し巨大地震が誘発され、ときに大津波が押し寄せ、これらの地殻変動で形成された火山が大爆発を起こし続けてきた『悪い場所』そのものなのである。この点で日本列島とは、地球大気圏内のすべての「想定外」が「想定内」に裏返る特異点にほかならない。と同時に、地質学的な視野から見るならば、そのような特異性こそが地球の本性でもありうる」。
3億年前、地球はパンゲアと呼ばれるひとつの地続きの大陸でした。その後プレートテクトニクスにより現在のような別々の大陸を構成し、周知の通り、活断層はいまもなお動いています。そして2億5千万年後には、再びひとつの超大陸「パンゲア・ウルティマ」[40](上図)になることが、2000年にクリストファー・スコテーゼによって予測されています(大陸同士はぶつかり合い、沿岸部はその衝突によって巨大な山脈となって隆起し、大陸中央部は砂漠化します)。
そもそもアートにとって地球は、「悪い場所」そのものかもしれません。アートには、未来という他者に向けてつくられ保存されるという側面があります。では、以上のような時間感覚に基づいたとき、何年後の未来を想定すれば、それをアートと呼ぶことができるのでしょうか。アートは、LIFE 2.0によるソフトウェアとしてのみ地球だけにあるものなのでしょうか。あるいは、映画『インターステラー』が描いたような異次元にもアートはあるのでしょうか。アートにとって良い場所とはどこなのでしょうか。このような状況をアートはどのように受け入れ、それをどのように応答するのでしょうか。「アート・アフター・ヒューマン」はそのひとつなのでしょうか。
まずは、時空の溝に取り組んだアーティスト、河原温をみていきます。
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ヒューマンスケールを超えた時間
河原温『ワン・ミリオン・イヤーズ』(1970-1998年)

One Million Years, 1980-1988 by On Kawara
Installation view, On Kawara: One Million Years, David Zwirner, New York, 2009
Courtesy David Zwirner, New York/London. Photo: Cathy Carver.
https://www.davidzwirner.com/exhibitions/one-million-years
これは、年号が記された合計24冊の作品です。1ページに500年分の年号、1冊2000ページ、計200万年分が記されています。西暦1969年以前の100万年分は「過去編」、西暦1999年以降の100万年分は「未来編」です。過去編は1970-71年に、未来編は1980-98年に制作されました。それぞれサブタイトルがつけられており、前者は「生きて死んだすべてのために」、後者は「最後のもののために」とあります(上図のように、1年ずつ読み上げるライブ収録が1993年からいくつかの場所で行われています)。100万年はヒューマンスケールを超えた時間です。その圧倒的な時間の流れを実際に体験することは、誰一人としてできそうにありません。この作品の最も特異な点は、1970年から1998年の19年間が空白であるということです。計2万年に挟まれたこの19年間というヴォイドは、著しく不可解な謎を秘めています。さらに奇妙なことに、グッゲンハイム美術館で開催された2015年の回顧展『SILENCE』では、河原本人の顔写真が1枚もありませんでした。通常回顧展では、作家の半生が綴られますが、それに当たるものは皆無でした。カタログ[41]の最後に、後ろ向きになった姿が掲載されているだけで、バイオグラフィーも極めて簡素です(河原による未知の知はこれにより、さらに深められています)。
アートフォームとしてのDNA
エドゥワルド・カッツ『ジェネシス』(1999年)

GENESIS, 1999 by Eduardo Kac
http://www.ekac.org/geninfo.html
これは、DNAを用いた作品です。まず、聖書の一部をモールス信号からDNA塩基対に変換し、それをバクテリアに移植します。そして、その状態を公開する展覧会の終了後に、そのバクテリアからDNAを取り出し、再びテキストに変換するというものです。遺伝子組み換えというバイオテクノロジーとアートを結びつけたエドュアルド・カッツは次のように述べています。「19世紀、シャンポリオンが行ったロゼッタストーンの3ヶ国語(ギリシャ語、デモティック・スクリプト、ヒエログリフ)に基づく比較は、過去を理解するための鍵だった。今日、ジェネシスの3つのシステム(ナチュラル・ランゲージ、DNAコード、バイナリ・コード)は、未来を理解するための鍵である」[42]。現在、「DNAストレージ」が注目されています。2015年、ニック・ゴールドマンはダボス会議で「情報を保管するDNAはデジタルストレージのメディアです」[43]と語りました。石や紙、DVDやハードディスクなどと比べても、DNAは、最も安定した記録媒体とみなされています。 DNAは、アントロポセンを凌駕するメディアとしてヒューマンスケールを超えて行くかもしれません。例えば、次の絵画がDNAになることもあり得ます。ある特定の生物のDNAを専用のデバイスでスキャンするとマネの『草上の昼食』を観ることができるかもしれません。極北に生息するアムール・レミングのDNAにしか残されなかったアートが、2億年後の何者かによって発見されるかもしれません。かれらはホモ・サピエンスではないかもしれません。生物工学、サイボーグ工学、非有機的生命工学を挙げ、ハラリは次のように述べています。「あまりにホモ・サピエンスに手を加えすぎて、私たちがもはやホモ・サピエンスではなくなる可能性がある」[44]。
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アンドロイドがシェアする近未来
カツ『アンドロイド・セルフィー』(2014年)

Selfie: Feng Shui 3, 2014 by Katsu
http://theholenyc.com/2015/01/02/katsu/
これは、アンドロイドが自撮りしている光景を描いた作品です。この作品が展示された展覧会『REMEMBER THE FUTURE』のプレスリリース[45]ではこう綴られています。「最後に書き記すべき作品は、カツの『アンドロイド・セルフィー』だ。彼は、グローバル旅行者としてのAIがその目的地で自撮りするモノクロの油絵を描いた。この三連画 (tripthch)はおそらく、この展覧会が探るテーマの極地だ。人間がいなくなった後、すべてのコンピュータは何をするのか?わたしたちがしてきたような奇妙なことを反映したり、そこに意味を見出したりするのだろうか?この展覧会でのすべての作品は、ある意味、人間性を彼らに教えるために人工知能やロボットによって作り出されたアートワークかも しれない」。確かに、AIが人間と同じような行動を取るかどうかはわかりません。そう遠くない将来、意識を持ったア ンドロイドがこの絵を見たとき、同じ場所で写真を撮りたいと思うのか、それはクールではないと思うのか、あるいは 不可解に思うのかはまだ誰もわかりません。アートは「ヴィジュアル・テキスト」と呼ばれることがありますが、かれらの言語とアートに互換性があるかどうかもわかりません。一度バイナリデータに変換してから解読するかもしれません。この絵画のデータが埋め込まれたタスマニアのウォンバットのDNAをスキャンして初めて、「鑑賞」が可能になるかもしれません。これらの想定は現段階では荒唐無稽に映りますが、あらゆる可能性が未来には残されています。
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AIによるアート
サム・ヘインズ『ゼロ・ライクス』(2017年)

ZELO LIKES (People sitting on the backs of elephants), 2017 by Sam Hains
http://samhains.com/zero-likes
これは、AIによってつくられた作品(AI-Generated Art)です。インスタグラムで「いいね」が0のポスト100,000以上に反応するよう訓練されたAIが、そのタイトルも含め、自動制作しています。サム・ヘインズはこれを「無の美学のメディテーション」[46]、「無視された美学、インターネットのネガティヴ・スペースを探る、生成力のあるマシーン・ラーニング・プロジェクト」[47]と捉えています。他の領野と同じように、AIはアートワールドを変容させています。2018年、オークション史上初出品のAI作品がクリスティーズで約4800万円で落札され、「歴史を歪める」[48]、「AIアーティストコミュニティー全体の希望」[49]などと議論を呼びました。2016年、インスタグラムは次のようなアナウンスをしました。「人々は平均するとタイムラインの70%を見逃していると知ったら、あなたは驚くかもしれない。(中略)あなたの体験を改良するために、あなたのタイムラインはもうすぐ、あなたが最も関心があるだろうとわたしたちが信じている瞬間を見せるように指示されるだろう」[50]。これ以降、インスタグラムは「アルゴリズムによるあなただけの体験」を提 供してきました(猫好きには猫のポストが、パルクール好きにはパルクールのポストが増えるようになりました)。一方『ゼロ・ライクス』 は、インスタグラムとは別種の「AIによる例外体験」をわたしたちにもたらします。「いいね」システムから除外されたイメージの集積という外部は、アートシステムに導入され、今後、主体のシフトを促すかもしれません。そのひとつは、人間がAIを使うLIFE 2.0のアートではなく、AIがAIを使うLIFE 3.0のアートです。
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宇宙でアート
トレヴァー・パグレン『ザ・ラスト・ピクチャーズ』(2012年-)

The Last Pictures, 2012- by Trevor Paglen
Trevor Paglen, The Last Pictures and the Gold Artifact, 2013, etched gold plated disk and HD video.
http://www.artnews.com/2018/08/24/archives-trevor-paglen-launches-photographs-space-2012/
これは、100枚の写真が約数十億年間、宇宙空間に存在するとされている作品です。それらの白黒写真はシリコンチップに書き込まれ、ゴールドプレートのケースの中に入っています。このケースは、2012年11月20日、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から発射された人工衛星EchoStar XVIに搭載され、現在も地球の軌道を周っています。書籍『ザ・ラスト・ピクチャーズ』[51]の冒頭にはこう記されています。人類の文明に関する最も永続する人工物は、ギザのピラミッドでもなければラスコーの壁画でもない。私たちの惑星を廻る人工衛星だ」。さらにエピローグの『ディープ・フューチャー』でトレヴァー・パグレンは、「疑いなく、人類の文明は永遠には続かないだろう。遅かれ早かれ、ホモ・サピエンスは、かつて地球に生息し、今は絶滅した膨大な多数派の順位に加わるだろう」と述べ、1998年のアメリカ自然史博物館による「私たちは生物の大量絶滅の只中にいる。(中略)この大量絶滅は45億年という地球史の中でも最も早く、この種の喪失は、次の世紀に人類が絶滅するというより重要な恐れを提出するだろう」を引用しています。そして、「次の数十億年で、太陽の光度はゆっくりと増加し、この惑星はより温暖になるだろう。次第に地球の海は沸騰し、蒸発し、生命にとってこの惑星はもてなしの悪い場所になるだろう。たとえその時でも、『ザ・ラスト・ピクチャーズ』は地球をゆっくり周り続けるだろう」と。ここで、ボリス・グロイスの『アート、テクノロジー、ヒューマニズム』[52]を要約します。「技術のゴールは人間を危機から解放することだとハイデガーは言う。作品を残すことは、いつか死ぬ身体とは別の『第二の身体』として永久に残すことと考えられる。しかし、全ては太陽と共に死ぬとリオタールは言い、技術の発展は、人間が一時的に関わっている宇宙の過程であり、ポスト・ヒューマンやトランスヒューマンという考え方を開いた。作品や本など、拡張した身体は、太陽が爆発した後にも人類が存続する予兆かもしれない」。パグレンの『ザ・ラスト・ピクチャーズ』が「第二の身体」となって太陽の死を超えることはないでしょう。しかし、太陽系を離れたクラーク・ベルトで、別種の身体が回り続けることはあり得るかもしれません。
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[32] Tegmark, Max 2017 LIFE 3.0 Alfred A. Knopf
[33] http://www.anthropocene.info/planetary-boundaries.php
[34] Moore Jason, Anthropocene or Capitalicene?; Nature, History, and the Crisis of Capitalism (Orkland: PM Press, 2016).
[35] Heather Davis and Etienne Turpin, editors. “Art & Death: Lives Between the Fifth Assessment & the Sixth Extinction”, in Art in the Anthropocene: Encounters Among Aesthetics, Politics, Environments and Epistemologies, (London: Open Humanities Press, 2015)
[36] https://nai.nasa.gov/articles/2018/11/1/nasas-astrobiology-program-evolving-to-meet-the-future/
[37] https://www.cnet.com/news/alien-languages-might-not-be-that-different-from-humans-says-noam- chomsky/
[38 https://www.youtube.com/watch?v=0fKBhvDjuy0
[39] 椹木野衣 (2017)『震美術論』美術出版社
[40] http://www.scotese.com/future2.htm
[41] On Kawara, Silence (New York: Guggenheim Museum Publications, 2015).
[42] http://www.ekac.org/geninfo.html
[43] https://www.youtube.com/watch?v=tBvd7OSDGgQ
[45] http://theholenyc.com/2015/01/02/katsu/
[46] https://www.vice.com/en_au/article/z4jz3x/this-ai-creates-art-from-instagram-posts-with-zero-likes
[47] http://samhains.com/zero-likes
[48] https://news.artnet.com/opinion/gray-market-obvious-portrait-1381798
[49] https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-art-failing-grasp-christies-ai-portrait-coup
[50] https://instagram-press.com/blog/2016/03/15/see-the-moments-you-care-about-first/
[51] Trevor Paglen, The Last Pictures (New York: Creative Time Books, 2012).
[52] https://www.e-flux.com/journal/82/127763/art-technology-and-humanism/
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