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1.「アートマインド」とは何か

「賢者はそのマインドを変えるが、愚か者はしないだろう」
ー スペインの諺



多くの読者にとって、「アートマインド」は、ほとんど馴染みがないワードかもしれません。それは、コーヒーショップや家電量販店に小気味好く陳列されていたり、空港の待合室やプールの底になんとなく落ちているものではなく、法やおばけのように、形を持たない何かです。あるいは「アートマインド」は、「クラーク・ベルト」(地球を周回している人工衛星群の帯。1945年人工衛星の軌道について記述したアーサー・C・クラークに因んで命名)に似ています(人は、たとえ普段は全く気にも留めないことでも、一度その概念を知ることでその存在に気づき、そのことについて考えを巡らせることができる生き物です)。「アートマインド」は 「クラーク・ベルト」のようにアートの周りを回り続けています。この「アートマインド」を端的に一言で言うならば、それは「アートピープルのメンタリティー」となるでしょう。

そもそも、多くの人たちはこう思っているかもしれません。「アートはわからない。だからおもしろくない」(これは長編ドラマを途中から観た時の感覚と近いかもしれません。シーズン2から観始めても、登場人物のキャラクターやストーリーの前後関係が掴めないため、ほとんどの場合そのドラマに関心を抱くことはないでしょう)。一方、アートピープルはこう考えます。「アートはわからない。だからおもしろい」(偶然シーズン2から観始めて混乱し、好奇心や想像力を激しく揺さぶられることがあります)。なぜなら、このわからなさにこそ、アートの魅力、醍醐味、そして不可解な何か(something uncanny)が隠されているからです。そして、それらをわたしたちに気づかせてくれるのが「アートマインド」です。「アートマインド」を身に付けることでわたしたちは、アートを知ることができます(重要なことは、アートを理解することではなく、アートを知ることかもしれません)。アートという謎のストーリーを読むために、複雑化したアートの入り口に立つために、「アートマインド」は大きな役割を担っています。

ここで、「アートマインド」の基本となる3つを挙げます。


【アートマインド1】
良くないことは良いこと:善悪の反転
(reversal of good and bad)


【アートマインド2】
知らないことを知る:未知の知
(knowing the unknown)


【アートマインド3】
変わらないことは変わること:不変的変容
(constant transformation)



アートはこれまで、多くの転換点を迎え続けてきました。ルールやフォーミュラ、クライテリアをアップデートしてきた歴史がアートヒストリーです(言うなればアートヒストリーは、人類が辿ってきた変容の歴史でもあります)。アートワールドで生きる様々なプレーヤーたちは、時代の変化に対応したり、その変化を自ら起こしたりしながら、アートと向き合い続けてきました。そこにはいつも、以上のようなマインドがありました。時に邪魔者扱いされ、時に畏敬の対象ともなるアートピープルのメンタリティーである「アートマインド」は、一体何を意味するのでしょうか。比較的大げさな言い方になるかもしれませんが、「アートマインド」は、人類が生存するための条件となり得るかもしれません。

この700万年間でおよそ20種類のバージョン(アルディピテクス・ラミダス、パラントロプス・ボイセイ、ホモ・ハビリスなど)を経た 人類は現在、ホモ・サピエンスに限られています。しかし、これまでの歴史の流れや昨今の科学的事実を総合すると、 ホモ・サピエンスは遅かれ早かれ絶滅する(エリザベス・コルバートは『第六の絶滅』[1]の中でリチャード・リーキーを引用しています。「ホモ・サピエンスは第六の絶滅の行為者であるだけでなく、その犠牲者のひとつになるリスクがあるかもしれない」)、あるいは次の人類(「ホモ・デ ウス」(Harari 2017)[2]、「ホモ・センティエンス」(Tegmark 2018)3)、または別の何かが次の時代を担うことが予想されています。なぜならホモ・サピエンスは今日、その営為の大半を幸福の追求に費やしており、それが実際のところ、自己破壊的だからです。「今日より明日は良くなる」という進歩主義は、昨今の深刻な環境破壊や人口増加を招いており(かつてポール・ヴィリリオは「船の発明は難破船の発明でもあった」と述べ、進歩主義を「狂喜思考(philofolly)[4]」と呼びました。このような方向性には修正や変更が必要とされています。しかし、一度始まった欲望の連鎖はすでに後戻りできない状態にまで達しているという見方は少なくありません。ユヴァル・ノア・ハラリが言うように、私たちはまさに「ブレーキがどこにあるかを誰も知らない」[5]世界を生きています。氏はまた、「私たちが真剣に受け止めなければならないのは、歴史の次の段階に は、テクノロジーや組織の変化だけではなく、人間の意識とアイデンティティーの根本的な変化も含まれるという考えだ」と言います[6]。ホモ・サピエンス(ラテン語で「賢い人間」の意)の知性は、どのような未来を選択するのでしょうか。

16万年前、南アフリカの海岸にあるピナクル・ポイントへ移動したホモ・サピエンスは、それまで未知だった貝を人 類史上初めて食べたこと[7]で食糧難を打破し、その生存を維持することができました。マジェベベで斧が発見され、少なくとも6万5千年前にはオーストラリア大陸に人類が到達していたこと[8]が示しているように、ホモ・サピエンスは実験と失敗を繰り返しながら、海の向こうの見たこともない島や大陸を目指して航海してきました。好奇心と想像力、共有と 協働が、人類を現在にまで導いてきました。そして3000年紀が始まった現在、世界はかつてない大きな歴史的転換点を 迎えています。「グレート・アクセラレーション(大いなる加速)」[9]と呼ばれるように、その変化は1989年以降(日本で昭和 が終わり、アメリカでジョージ・H・W・ブッシュが大統領となり、中国で天安門事件が起き、ドイツでベルリンの壁が崩壊し、旧ソ連でマルタ会談が行われ冷戦が終結した1989年以降の世界は、新たなコンセプションである「グローバリゼーション」を基に駆動してきました)、そして21世紀に入ってさらに速度を増しています。様々な領野と同じように、アートにも変化が起きています。世界の変容によってアートが変わるだけでなく、アートの変容によっても世界が変わろうとしています。

とりわけここ150年の間、アートは拡張に次ぐ拡張を続けてきました。その結果、「なんでもあり(anything goes)」という飽和状態を招きました。「大きな物語」(Lyotard 1979)[10]を失ったポストモダンよろしく、わたしたちは、基準のない混 沌とした世界の有り様を見続けてきました。このような現代性(the contemporary)は、中世的な「暗黒時代(Dark Ages)」ではなく、「明るすぎる時代(Too Bright Ages)」を意味しているかもしれません。このようなホワイトアウトの中で、何らかの手掛かりを掴むことはできないだろうか。「アートマインド」は、それに当たるのではないだろうか。このテキストは、このような仮説に基づいて書かれています。

グラント・プークとグラハム・ウィタムは次のように述べています。「それはこう言われてきた。アートは世界を変えないが、アートとアートヒストリーは、私たちの世界の見方を変えると」[11]。世界の見方を変えるのはむしろ、「アートマインド」かもしれません。世界の見方が変わることで、世界への動き方が変わります。そして世界は、少しずつ変わっていきます。

それでは最初に、いち早く「アートマインド」を切り開いたアーティスト、エドゥアール・マネを取り上げます。





伝統的価値への無関心
エドゥアール・マネ『草上の昼食』(1862-63年)



The Luncheon on the Grass, 1862 by Edouard Manet
https://www.manet.org/images/gallery/the-luncheon-on-the-grass.jpg

マネは現在、「モダン・アートの父」と呼ばれており、アートヒストリーの中で最も重要な人物のひとりとしてみなされています。なぜならマネは、それまで長く続いていたアートのテーゼを崩し、異質の方向性を示した変革者だからです(平面性を強調したという点で、マネの仕事は、後のキュビズム、抽象表現主義、ミニマリズムにまで繋がっています)。

マネ以前のアートは主に、神と王のためにありました。宗教施設や宮廷に仕えていたアーティストの手は文字通り、 神々と貴族のための手でした。しかし、マネの手は違いました。そのことがその後のアートを大きく変えました。ここでいくつかの評を挙げます。「現実的で自然主義的なアートは、メディウムを隠し、アートを覆い隠すためにアートを 使った。モダニズムは、アートに注意を呼び起こさせるためにアートを使った。(中略)平らな表面を率直に宣言するという美徳により、マネは最初のモダニスト絵画となった」(Greenberg 1961)[12]、「いまでも鮮やかさを失わない作品群は、マネがもう少し長生きしたら、また別の近現代美術が後に続いたのではないかとさえ思わせる」(Cachin 1994)[13]、「マネは現実世界の幻影をつくることに無関心であり、多くの空間においてイメージの一部を平たく伸ばすことで、人物と地 面の関係を混乱させたり、幻影感覚を意図的に断絶しようとしているようにみえる」(Artsy 2014)[14]。

1863年、マネは『草上の昼食』(上図)をある展覧会に応募します。フランスの王立絵画彫刻アカデミーが1648年に 設立した「格式ある」サロン・ド・パリです。しかし、結果は落選でした。同年ナポレオン3世の命で組織された落選展では展示されましたが、手痛い非難を浴びせられます。理由は大きく2つあります。この作品はまず、そもそも「絵が下手」だとみなされました。当時絵画は、筆跡を残さず、写実的に描くことを重要視していました。しかし、「これは絵画ではない」という欺瞞を暴露するかのように、マネの筆致は明らかに「これは絵画である」と主張していました。 次に、この作品は「スキャンダル」とみなされました。それまで裸の女性は、神話や歴史的テーマとしてのみ描かれており、『草上の昼食』のように現実世界に描かれたことはありませんでした。この絵の場所は公園です。当時パリの公 園は娼婦がいることで知られており、乱雑に散らばった空の酒瓶や果物によっても「そのこと」が仄めかされています (1798年のサロンに入選したフランソワ・ジェラールの『プシュケとアモル』の方が猥雑、破廉恥、不謹慎に見えなくもないですが、神話を採用した崇 高な絵画として受け入れられました)。白昼堂々屋外でいかがわしいことをしているという反社会性。嫌が応にも「それ」を想像してしまう鑑賞者自身の罪悪感。画面左の女性が鑑賞者と視線を合わせることで絵画空間と鑑賞空間を地続きにさせ、まるで自分も「その現場」の当事者として体験しているように仕立て上げられたことに対するマネへの嫌悪感(や都会的放 蕩生活者への羨望と嫉妬?)などによって人々は混乱し、その混乱の矛先をマネにぶつけました。

1862年、マネは友人アントナン・プルーストに、犯行予告とも取れることを語っています。「僕は娼婦を描かなけれ ばいけない気がする。世間の連中は僕を八つ裂きにするだろう。だが何とでもいうがいいさ」[15]。マネが注目した娼婦 というテーマは当時、注目してはいけない社会の暗部でした。マネの問題意識は、「現実をみよ」という絵画による意 思表示によって明らかにされています。それは「タブーとは何か」という問いです。マネ以降、「タブー」はアートの条件のひとつになりました(その後も、ヴァン・ゴッホによって「狂気」、ジャン・デュブュッフェによって「アウトサイダー」、リチャード・ハミルトンによって「ポップ」というアートの例外がアートになっていきました)。

ジャック・デリダは『散種』[16]で次のように述べています。「プラトンが絵画をパルマコンに喩えるのは、ギリシャ語 では、パルマコンは絵画をも意味するからである。すなわち、絵画は自然な色彩ではなく、人工的な色調、事物において与えられた色を模倣する化学的な織物なのである」。マネの絵画は、ミメーシス(模倣)から離れた人工的なパルマコン(毒でもあり薬でもあるもの)として、今もなお、人々を惹きつけてやみません。マネは「アートマインド」を捉える上で最も重要なアーティストと言えます。前述した「アートマインド」の基本をすべて兼ね備えているからです。以下、それぞれの「アートマインド」について、マネを通してみていきます。


【アートマインド1】良くないことは良いこと:善悪の反転

「アートではないものがアートになる」。これはアートヒストリーの基本です。システムの外にあるものがシステムの 中に組み込まれ、システムをアップデートし強化していくという構造は、アートに限ったことではありません。元詐欺師や元ハッカーがFBIでセキュリティ・コンサルタントを務めるように、新種のテロや事故が警備システムや法を強化させるように、システムは、その例外によって向上し、その存続を維持します。「絵画であることを主張すること(写実性 を無視し、その欺瞞を暴くこと)」や、「崇高ではないテーマ(理想化されていない現実、娼婦)を描くこと」は、1863年のアートの 制度にはない例外であり、端的に言って、それらは良くないことでした。ドラクロア、ボードレール、マラルメ、モネ などとの理解ある関係は少なからずありましたが、多くの人々はマネを「バッド・アート」とみなしました。しかし、マネは現在、「グッド・アート」の筆頭としてその名が挙がります(マネが別の意味で再びバッド・アートになることも有り得ます。 あるいは、グッド・アートとなった今ではもはやアートではないとも言えます)。このような「バッドアートはグッド・アート」という善悪の反転は、アートヒストリーでしばしば起こります。外部を取り込むシステムと言う意味でアートは、(ブロンフェンブレンナーの生態学的システム[17]とは別種の)「エクソシステム(exosystem)」と言えます。


【アートマインド2】知らないことを知る:未知の知

未知はわたしたちに困惑と慄きを与えますが、同時に好奇心を駆り立て、全身を奮い立たせる何かを宿しています。 マネは、未知の世界を切り開きました。それは空間の歪みです(前述した『プシュケとアモル』と比較すると明らかに異質です)。フランソワーズ・カシャンが言うように、「ルネサンス以降絵画を支配してきた遠近法が無視され」[18]ています。原題の『水浴』(1867年『草上の昼食』に改題)を考慮すると、元々は画面中央奥の人物が重要だったことが窺えます。この女性が まず奇妙です。彼女の周りの空間の筆さばきをみると、「雑」です。左の女性と右の男性の奥の地面は地続きであるにもかかわらず、右の画面の方がより「雑」です。この雑さは、水浴している女性の周囲(地面、水、草原)で起こっています。それに反してこの女性は、その奥にいるにも関わらず、手前3人と同じような密度で明瞭に描かれています(遠近法を採用するならば、この女性は3人より淡く描かれるのが自然です)。これらの技術に注意すると、水浴の女性があたかも異次元空間にいるのように見えてきます。このような意図的な歪みは後のセザンヌに顕著ですが、マネはすでに、1枚の絵画の中に別の絵画、あるいはひとつの現実の中に別の現実を描いています。こうしてマネ以降、神話や歴史を繰り返し描くという 伝統的価値から離れ、「知らないことを知る」という「アートマインド」がアートの基本(伝統的価値)となりました(『草上の昼食』はルネサンス期の2点の絵画を参照しているのですが、それらと『草上の昼食』を照らし合わせると、さらなる未知の知が起こります)。


【アートマインド3】変わらないことは変わること:不変的変容

ヘラクレイトスやジョナサン・スウィフトなど、「この世の中で変わらないことは変わるということである」という思想を持った人たちは、これまでも少なからず存在しました。環境の変化と共にマインドを変容させ続けることで、あるいはマインドの変容によって環境を変化させ続けることで、人類は今日という日を迎えました(石器、針、蒸気機関、インターネットなどを人類にもたらしたのも、この不変的変容というマインドによるものであると言えます)。マネは、長く続いた慣習の中に変化 (伝統的価値に無関心だったこと、タブーを直視したこと、前人未到の思考と感覚の実践を絵画に結晶化させたこと)を起こしました。もし歴史 にマネがいなかったら、アートはいまだに天使を描いていたり、便器はいまだに便器のままだったかもしれません(マネ以前にすでに、マネのような人がいたかもしれません。その人はホモ・サピエンスではなく、ネアンデルタールやパラントロプスだった、あるいはむしろ人類ではなかったかもしれません)。「歴史にifはない」とはよく言われますが、歴史も不変的変容の只中にあることを考えれば、それはいつだって覆り、いつだって変化します。

では次に、「アート・フォー・ヒューマン」という視点から「アートマインド」をみていきます。


[1] Elizabeth Kolbert, The Sixth Extinction: An Unnatural History (New York: Henry Holt and Company, 2014).
[2] [5] ハラリ,ユヴァル・ノア(2018)『ホモ・デウス』柴田裕之訳 河出書房新社
[3] [31] Max Tegmark, LIFE 3.0: being human in the age of Artificial Intelligence (New York: Knopf, 2017).
[4] ヴィリリオ, ポール(2003)『自殺へ向かう社会』 青山勝・多賀健太郎訳
[6] [44] ハラリ, ユヴァル・ノア(2016)『サピエンス全史』柴田裕之訳 河出書房新社
[7] http://pinnaclepointestate.co.za/caves/
[8] https://www.nytimes.com/2017/07/19/science/humans-reached-australia-aboriginal-65000-years.html
[9] http://www.anthropocene.info/great-acceleration.php
[10] リオタール,ジャン=フランソワ(1989)ポスト・モダンの条件ー知・社会・言語ゲーム』 小林康夫訳 水声社
[11] Grant Pooke and Graham Whitham, art history, teach yourself (London: Hodder Education, 2003).
[12] http://www.sharecom.ca/greenberg/modernism.html
[13] [18] カシャン, フランソワーズ (1994) 『マネ 近代絵画の誕生』 藤田治彦監修 遠藤ゆかり訳 創元社
[14] https://www.artsy.net/article/matthew-the-first-modern-painting
[15] クールティヨン, ピエール (1986) 『マネ』 千足伸行訳 美術出版社
[16] デリダ, ジャック (2013) 『散種』 藤本一勇・立花史・郷腹佳以訳 法政大学出版局
[17] Urie Bronfenbrenner, The Ecology of Human Development: Experiments by Nature and Design (Cambridge, MA: Harvard University Press, 1979).








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